グラスをあげよ。もう1度放つことを願って。
前から気になっていた、お笑いコンビ髭男爵の「山田ルイ53世」の著書「一発屋芸人列伝」。
お笑いの道から、言葉の世界へ進むとならコメンテーターを担う芸人タレントは多いが、物書きの仕事は限られるのではないか。山田ルイ53世自身の悩み相談に答えるタイプの連載文は、深みと「明らかに『何か』を見た」タイプのスタイルで私にとって強く印象に残っていた。
私もそこそこ歳を重ね色んな人を見てきたが、自身の言葉に強い説得力を持ち、耳に・目にする人の心に波紋を生むタイプというのは一定数いる。その人たちの多くは「明らかに『何か』を見た」のである。
衝撃的な体験。価値観を大きく変える出来事。
言葉にしがたい感覚。そういう、本人の根っことなる『何か』に触れたのだ。
その『何か』は本人にとって強烈ゆえに振り回されたり、孤立に陥りやすい。しかし武器にすれば心強い味方となるだろう。
『何か』がなんなのかは本人にしかわからないのだが、その『何か』を機に発信する力やものごとを観察する目などが備わっていくように思える。山田氏の場合は、それによって多々ある「言葉」の引き出しが生まれたのではないかと勝手ながら推測した。
この本は、TVで華々しく活躍した人から?な一発屋まで取り上げているがとにかく多種多様。
生き方における諦念、屈辱、そして再起をかけて奮闘したり新たな場所を見出す姿は多くの人に響くのではなかろうか。何より、山田氏の表現が全体的にレパートリーが広い。特に本や映画など文化的な面も見せていて大変驚いた。そりゃ書く仕事が増えるわけだと。
せっかくなので山田氏の文にもっと触れようと思ったのであった。